LAND COMFORT 加藤ブログ

ランドローバーを運転していると時間がゆっくり流れているように感じます。

ランドローバーを運転すること、ランドローバーのある生活、ランドローバーと過ごす時間、それらは全てとても心地良いこと。
「LAND COMFORT」とは、そんなことを考えながら出来上がった言葉です。

今朝も東北で大きな地震が起きた。2011年に私は東京で大震災を経験した。東京に居た私でさえも大きな恐怖を感じた。震源に近い方たちの恐怖や不安は計り知れない。どうか被害が最小限であってほしいと願うばかり。

それからしばらくして、fecebookで「友達の無事」の知らせが入った。その地域に居る人が友達に安否を知らせる、そういう機能がfecebookにはあるようだ。
1995年の阪神淡路大震災の時、まだその時は携帯電話はほとんど普及していなかった。まだそんな時代だった。神戸市灘区に住んでいた友人がいて、心配になったがなかなか連絡が取れなかった。無事の知らせが届いたのは何日も経ってからだった。半日かけて大阪まで歩き、落ち着いたところでわざわざ連絡をくれたのだった。そんなふうに災害時の通信手段はとても困難な時代だった。
あれからまだ20年余しか経っていないが、時代はずいぶん変わったものだ。fecebookの安否情報機能はとても良いアイデアだと思う。
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こうして、たまにランドローバー以外のタイヤ作業を行うことがある。今回は16インチの乗用車用。普段扱っているランドローバー用の重さが強烈なだけに、この軽さには驚き!これなら腰痛持ちの私でも一日に10台ぐらいは楽に作業ができそうだ。(笑)
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情報伝達の方法は、昔は「紙」、最近は「ウェブ」、そしてインターネット環境が進み、動画の活用も一般化している。レイブリックの告知も環境に合わせて変化をしていく必要がある。しかし、動画は苦手分野・・・。撮影技術、ナレーション、おまけに出演となると尚のこと。ん〜、やはりここはプロに任せるしかない!
とうことで、今日は撮影チームに来てもらった。店内やスタッフの作業の様子、そして最後には私の”喋り”。やはり苦手だ・・・。「あ・・・」とか「え〜と」とか、そういう言葉はあとで編集で切りとるから思うままに喋ってくれればいいですよ。そんなふうに言ってもらえるも、どうしても普段通りの振る舞いができない。ひとまず撮影は終了。完成しても自分では怖くて見られないかも。
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例えば、下取車として入庫してきたランドローバー。しっかりと整備を施してレイブリックで商品車に仕上げ、次の購入者へと渡る。これが理想のかたち。傷みが激しく、整備をして仕上げてはどうしても採算が合わせられない。こんな車両もある。レイブリックで販売するために最低でもここまでは仕上げたい、それが採算ラインを越えてしまう場合、残念だが弊社での販売を諦める。販売スタイルの異なるお店に渡ればきっとそこでの適切な売り方をされることだろうと期待し、別の販売業者へと渡っていく。
それすら難しくなる個体もある。大きな事故以外でも、エンジンなど大きな部位の故障などで掛かる復元費用が完全に度を越えてしまった場合、非常に残念だがクルマとしての存続の道は絶たれ、中古部品やリサイクル材料となる。レイブリックからも年に数台はそういう車両が出る。こんなふうにトラックに積まれていくわけだが、見知らぬ土地へ旅立っていくクルマを見送るよりも何倍も寂しい気持ちになる。
お疲れさまでした・・・。
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高齢者による自動車事故が深刻化している。今日は、我が家の事例を。
昨年の正月のことだった。当時私の父親は85歳。地方にいる姉が帰省してきたので父が駅までクルマで迎えにいった。その夜も父の運転で食事に出かけた。私はそこで合流したのだが、姉や甥が言うには父の運転はとても危なっかしくて乗っていて怖かったと。運転操作や瞬時の判断など、同乗していて不安を感じたそうだ。姉弟が揃い、本人を目の前にして「お父さん、そろそろ運転やめた方がいいかもよ」と言うものの、父にしてみればやはり自由をもがれてしまうようで「ハイそうしましょう」とは簡単に言えるものではない。その気持ちも十分に分かる。しかし、やはり重大事故が起きてからでは手遅れなのでどこかで期限を決めなければいけないと重く感じた。
運転免許証の更新はその一年半前に行っており、当然、高齢者講習も受けている。当の本人は、「あんなもの、役人の小遣い稼ぎだ!何千円も取って!」と愚痴を言っていたが、実質的にも名ばかりで形式的なものであることも否めないと、私は感じている。高齢者講習は、あくまで講習で、受ければ免許が更新される。そこでふるいにかけ、適正を見極めたうえで更新をさせてくれないという話は私の周辺では聞いたことがない。
それは別として、父の場合、次の免許の更新はまだ一年半先。そういう節目でもあれば更新を諦めさせるきっかけになるのだが・・・。
ところが偶然にもその二ヶ月後に転機が訪れた。突然酷い腰痛に襲われ、現実的に自動車の運転ができなくなった。とりあえず免許証は私が預り、乗っていたクルマはすぐに処分した。父としては急な展開で、驚きやら寂しさやら、きっととても複雑な思いだっただろう。クルマに乗れないことよりも自分の身体が不自由になったことのほうがショックだったようだ。ただ、家族としては父がクルマに乗らなくなったことについては大きな安心材料だった。そして今年、運転免許証の期限も切れた。
こうして、偶然にも我が家の高齢者の自動車運転問題は解決したのであった。

さて、これは今朝の地元中日新聞の新聞記事。スガキヤとは、地元の人なら誰もが知っているラーメン屋チェーン。高齢者の事故を減らすにはこういう方法もあるのか、いや今はまだこんな方法しかないものなのか・・・。とりあえず、スガキヤの活動を応援すべく、ラーメンを食べにいかないと!
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以前使っていた広い賃貸倉庫を立退きによって引越しをしたのは昨年の一月。早いものでもう二年近く経つ。倉庫では主にホイールやタイヤなど大きなパーツ類を保管していた。ホイールとタイヤは、その場で組み付けたりもできるよう、チェンジャーやバランサーも設置してあった。倉庫を引き払った際、それらは第二工場の片隅に移動したのだが、そこではスペース的な問題でうまく機能させられていなかった。
そこで今回、ホイールを保管している倉庫に移設をした。一年半前に同時にそうしたかったのだが、引っ越し時の荷物が多すぎて新しい倉庫がいっぱいになってしまい、チェンジャーやバランサーを配置する場所が作れなかった。長い時間が掛ったが狭いスペースを遣り繰りして、ようやく場所を作ることができた。
今日、レンタカーでパワーゲート付きのトラックを借りて機材を移設した。これでタイヤ・ホイールに関する作業も捗るだろう。冬のスタッドレスシーズンに向けて視界良好!
それにしても、チャンジャーは数百キロあるだろうか、引きずるだけでもメチャクチャ重かった・・・。
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秋晴れの休日、珍しくゴルフの予定もなかったので今日は朝からD.I.Yに没頭した。自宅ガレージ内の、これまで下履きでのスペースだった一部に床を張ることにした。天井が低いので床はそれほど高くできない。しかし、明らかに上履きスペースとしてすみ分けができる空間にしたいと思い、およそ5センチと低い床ではあるが無理やりにでも作ってみることにした。
今回の大工仕事に臨むにあたり新たに準備をしたのが「釘打ち機」。新品は高いし、趣味で使う程度ではとてももったいない。そこでヤフオクで中古品を落札した。釘打ち機はエアでパシュンパシュンと簡単に釘が打てる。金槌でトントンやらなくてもよいので楽だし、何よりも仕事が早い!
今日は下地のパネルを張り、フローリング材を途中まで張った。慣れない姿勢が続いたので腰も痛くなったので今日はここまで・・・。でも要領もつかめたし、なんとなく完成が見えてきた。
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一般のご家庭で出るものではないが、我々のようなショップでは廃タイヤという大きなゴミが出る。これはほんとうに厄介。簡単に捨てられるものではなく、専門の業者に定期的に回収にきてもらう。回収は有料。環境に考慮しながら上手に処理することが困難だからだろう。
世界中の廃タイヤの量はもの凄い量だと思う。レイブリックだけでも数が月でトラック一杯ぐらい出る。今よりも有益なリサイクル方法が見つかれば、処分料が無料になるどころか、逆に廃タイヤを買い取ってくれることになるかもしれない。誰かいい方法を考えてくれないかなあ。
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およそ10年ぐらい前のことだったと思う、保険会社による保険金不払い問題というものがあった。例えば自動車保険の場合、契約者が事故時のレンタカー特約を付けていたとして、実際に車両事故を起こした際に契約者から「修理中のレンタカーを貸して欲しい」という要望がなかったからと、保険会社がスルーしてしまうというもの。契約者は、自分がどんな内容の保険に入っているか、皆が詳細まで理解していない。それに乗じて保険会社は「請求されなかったから」と、保険金を支払わなかった。同様に、様々なケースで契約していたにも関わらず保険金が支払われなかったことが明るみになり、日本のほとんどの保険会社が過去にさかのぼって保険金を支払うことになった。
当然だが、保険会社各社は「持ち出し」が多くなり、経営状態にも大きく影響した。例えば自動車保険の場合、事故率が上がれば、つまり保険金の支払い額が上がれば保険料は高くなる。保険会社が”きちんと”保険金を支払ってくれることは契約者にとっては嬉しいことではあるが、同時にグルリと回って保険料が高くなって跳ね返ってくるわけだ。

原因はこれだけではないが、自動車保険料は年々高くなってきた。保険料改正の度に値上げ値上げで、無事故で割引きが進んでいるにも関わらず保険料は高くなるという現象も起きている。
そんな中、久しぶりに保険料値下げのニュースが入った。新聞記事によれば、自動ブレーキなど自動車の安全装備が充実してきたことで事故の発生率が下がり、保険会社は持ち出しが減ってきた。それを保険料に反映したかたちだ。しかも嬉しいことに若年層の保険で値下げ幅を大きくするとのこと。ちょうど私の息子らもその対象。クルマに興味を持つ若者の負担が減ることは大歓迎。
とりあえず三井住友生命海上火災保険が記事になっていたが、レイブリックが代理店を務める損保ジャパン日本興亜もきと追従してくるはず。期待を込めて!
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10月も最終週。少し動くと汗ばむような日もあるが、それでも必ず今年も冬はやってくる。その準備といえば、冬商戦の主力、スタッドレスタイヤと組み合わせるアルミホイール!在庫補充分のアルミホイールが完成し、今朝、トラック満載でやってきた。
レイブリックにはフォークリフトがない。あれば楽なのだが、年に数回のために買うのももったいな過ぎる。ホイールはトラックから倉庫へと、人海戦術で降ろすのである。4人でやればひとり40本。朝からいい汗をかいた!(笑)
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まずは少し昔話を。
私は高校時代の部活動で水泳をしていた。公立で設備が乏しい学校だったので練習場は25メートルの屋外プールだった。当然、冬は寒くて泳げない。寒い季節はマラソンとプールサイドでの筋トレばかり。まあ、飽きる・・・。しかし、それしかやることがないので、とにかく楽しく練習をしていた。何が楽しいって、練習がキツいことが楽しかった。限界までトレーニングをして、「もうだめだ〜!」とバタっと崩れ落ちながら仲間と笑い合っていた。
筋トレでは、腹筋・背筋・腕立て伏せなどの昔ながらの一般的なものからはじまり、我が水泳部特有のものもあった。ひとつは「ウルトラマン」と呼んでいたもの。うつ伏せに寝て、上半身と足を宙に持ち上げる。ウルトラマンが空を飛ぶようにお腹を軸に弓なりに反るわけだが、その姿勢で一分間キープする。ふたつめは腕立て伏せの腕立てのポーズのまま、じっと動かずにそのポーズを一分間キープ。これを何度か繰り替えす。3回とか5回とか連続してやっただろうか。腹筋や背筋にかなりの負担が掛かり、プルプルと震えながら、それでもひたすら耐える!実際にこれで冬の間にも関わらず水泳部らしい見事な肉体が維持できていた。

さて、現在の私の身体・・・。とてもお見せできるものではない。私の身長は183cm。健康診断の際に示される標準体重は74kg。しかし今の体重はおよそ80kg。6kgほどオーバーしている。カロリーを考えながら食事を選んだり、おやつも最小限にしたりといろいろ気にしているのだが、50才を過ぎたこの年になると現状維持が精いっぱい。少し気を抜くとすぐに80kgを越えていく。かといってこれ以上食事を減らしては体力も落ちてしまうだろうし、計画的にトレーニングをしなければと思いつつ、なかなか始められないでいた。

一週間ほど前のこと、高校時代からの友人がfacebookで体幹トレーニングを取り上げていた。プランクという方法なのだが、うつ伏せから両肘をつき、体を浮かして維持するというもの。水泳部時代にやっていた腕立てと非常によく似ている。友人はその姿勢で4分ほど維持できるらしい。そして実際に自慢のボディーをfacebookにアップしていた。彼とは大学時代に一緒にサーフィンに出掛けた仲。当時は絶対に私のほうが”いい体”をしていたのだが、今では全く勝負になっていない。努力の差だ・・・。
プランク、私もさっそくやってみた。スタートして数十秒ですぐに腹筋がプルプルと震えだした。おいおい、俺ってこんなもんなのかよ?と既に自身喪失。しかし、根性で耐え、なんとか2分まではやれた。いやいや、4分などほど遠い。しかし、きっと継続することで鍛えられるのだろう。
その日から毎日数回はプランクをやるようにした。腹筋と、肩周りの筋肉が鍛えられるような気がする。持続時間も徐々に増え、今日は2分40秒まで伸ばすことができた。これで体重が減るかどうかは分からないが、せめて緩んだお腹が少しでも目立たなくなれば良い。
ビフォーアフターで私のお腹を見せられれば分かりやすいだろうが、今のお腹を見せるのはちょっと勘弁してもらって、もしも効果があったならアフターのお腹だけ見せられる時がくるかも!まずは4分まで伸ばせるように頑張ってみよう。




昨日は朝霧高原でのバーベキューイベント「LANDCOMFORT MEETING - in the fierd 2016-」を開催した。開通した新東名(豊田〜浜松)のおかげで名古屋方面からのアクセスはずいぶん楽になった。とはいえ、レイブリックから往復でおよそ450km。一日での走破は、いくらランドローバーとはいえ決して楽なものではない。それでも毎年多くの方に参加していただける。とても嬉しい。
毎年のことながら、最も肝心になるのは天気。今年の場合、天気予報は「曇り」と「曇り時々雨」をいったりきたり。降水確率も20~30%、午後にはそれが40%になったりと、降るか降らないか何とも予測が立てにくかった。時間が遅くなるにつれて降水確率が上がっていくようだったので、なんとか夕方までもってくれればと願いながら開催を決めたのであった。
いざ当日、11時ごろから始めたバーベキューだったが、午後1時ごろになるとさっきまでキレイに見えていた富士山は雲に隠れてしまった。富士山が見えなくなったのは残念だが、風が出てきて少し涼しくなってバーベキューには最適な爽やかさ。このままこのまま、もう少し!そう祈りながらも、徐々に雨を含んていそうな雲に覆われてきた。降り始めたらいつもで撤収できるようにと、徐々に片付けを進めながらそれでもお腹いっぱいになるまでバーベキューを続けることはできた。ちょっと気をもんだがギリギリセーフ、かな。

私は何組かのお客さまと共に前日からテント泊だったので、まだ晴れていた朝の美しい富士山を見ることができた。しかし遠いところから日帰りでお越しいただいたみなさんには楽しんでいただける時間が短く、申し訳ない気持ちでいっぱい。また次回、あるいは別の機会で挽回させてください!

とにもかくにも、今回も様々な料理を味わい、騒ぎ、語らい、とても充実した時間を過ごすことができた。多くのみなさまと、そして大自然に感謝!

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22日(土)午後、朝霧高原ふもとっぱらに到着。うっすら見える富士、ずっしりと重い雲・・・。
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日暮れも早そうなのでさっそくテントを設営

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深夜まで焚き火を囲んで団らん。このころから雲が流れて星空が見えるようになった。

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美しい朝焼け

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そして日の出

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当日組の皆さまも合流しバーベキュー開始!

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徐々に迫る雨雲・・・

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真っ白な空。富士山が見えなくなったのが残念。でも参加くださりありがとうございました!



あさって23日(日)は、レイブリック秋の恒例行事、朝霧高原でのバーベキューイベント。心配している天気は、ん〜〜、降水確率は低いとはいえ今のところ曇りの予報・・・。富士山は見えるだろうか。それでも天気が好転することを祈りながら開催の予定。
私は自称「晴れ男」。だいたいイベントは晴天で迎えられる。ただ、稀にハズレることもあり、そんな時は台風などの超がつくほどの悪天候。中途半端な曇り空などはあまりない。今回もそんなジンクスを信じて晴天を願っていよう!
私は何名かのお客さまと共に明日からテント泊。昨年は深夜からの強風で大変な思いをしたが、予報では穏やかな夜になるもよう。夜半には雲がなくなるようなので雄大な星空が見られるかも。
今日、テントなどのキャンプ道具をイヴォークに積み込んだ。トランクが狭いので心配していたが、一通りのものはちゃんと収まった。オイル交換もし、タイヤ空気圧もチェックした。洗車も済ませ、あとはガソリンを満タンにして準備完了。でもイベントの前は興奮してなかなか寝付けないんだよなあ。(笑) とりあえずおやすみなさい。
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「10.19」、プロ野球ファンならピンとくる方も多いだろう。
もう28年前のことになる、1988年10月19日の出来事だ。この日、プロ野球パ・リーグの優勝決定戦が行われた。名匠仰木監督率いる近鉄とロッテとの川崎球場での戦い。しかも試合日程の関係でダブルヘッダー。近鉄がこの日の試合に2連勝すると、首位西武を抜いて逆転優勝を遂げるという大一番。
昼間に始まった第一試合、近鉄が接戦を制して勝利。これを受けて第二試合がテレビ中継されることになった。この中継を、私は自宅の部屋で、座りきれないほど大勢の親戚連中と観たのだった。

前日の10月18日、私の祖父が大往生の末、この世を去った。そう、10月19日は祖父の通夜だったのだ。通夜は自宅で行われた。午後からは親類が集まった。祖父も年齢が年齢だったので、それほどの悲しに耽るものは家族にも親類にもおらず、その日の話題はもっぱら近鉄。そして夕方、第一試合で近鉄が勝利したニュースが入った。「よし、これでテレビ中継だ!」、通夜会場は盛り上がってきた。

午後7時、通夜式が始まった。同時にテレビ中継も始まっているが、もちろん観ることはできない。私は足が痺れるので正座が苦手だ。普段の法事では長時間になるとそれが苦痛なのだが、あの夜は違った。お経よ、早く終わってくれ!僧侶、説教は短めに頼む!そんなことばかり考えていた。やがて長い長い儀式が終わった。僧侶がお茶を飲み終わって帰るやいなや、テレビのあるリビングと、そこに入りきれない者が私の部屋にドっと押し寄せてきたのだった。上着を脱ぎネクタイを緩め、すぐに酒も運ばれ、加藤家はスポーツバーさながらだった。
試合は一進一退。加藤家の中は、拍手と溜息が繰り返された。そして延長戦の末、引き分けに終わった。祖父が逝ったことではなく、死闘の末にあと一歩のところで近鉄が優勝を逃してしまったことで皆が涙し、抜け殻になった夜だった。

祖父は熱烈な巨人ファンだった。その年のセ・リーグは既に中日が優勝を決めていた。祖父にとってはもはや全てが消化試合で、パ・リーグの優勝などどうでも良いことだったと思う。我々の様子を、棺の中からさぞ呆れながら見ていたことだろう。

ああ、やがて私がこの世を去る時も、あんなふうに皆が集まって大盛り上がりの葬儀になってくれると嬉しいなあ。(笑)



お得意さまがこんな雑誌を持ってこられた。「おお!テッカメンだ!」、もちろん本を開けば懐かしの「憧れのマイン」がズラリ。私がクルマに興味を持ち、趣味を越えて将来の仕事にもしようと決めたのは1986年、大学3年の時だった。街ではGTと呼ばれるスポーツカーが数多く走っていた。日産スカイライン、トヨタセリカなどなど。当時の私のマイカーはトヨタ・スプリンタートレノ・GTアペックスだった。学生の身分では十分すぎるほどの"GT"ではあったが、もちろん上を見ればキリがなかった。早く社会人になって憧れの"GT"を買えるようになりたい!そんなことばかり考えていた。当時、欲しいスポーツカーは迷うほどたくさんあった。インターネットもなく、情報が少なかった時代だったので、ディーラーでタダでもらえる新車のカタログは最高のバイブルだった。そんなふうにクルマに惹かれているのは私だけなく、多くの、いやほとんどの若者がクルマに夢中だった時代だったと思う。だからレースも盛り上がった。市販車ベースのツーリングカーから、グラチャンやフォーミュラ、グループCカーなど、ジャンルを問わず早く走るクルマに心が躍ったものだ。もちろん自分でも早く走りたいと思ったし、そのためのかっこいいクルマが欲しかった。

タイトルのとおり、この本には「なめんな」と言わんばかりの1980年代のカッコいいクルマが満載!私が食い入るように見ていると、このままではなかなか帰れないと思ったのか、「一週間置いていくから思う存分楽しんでください」と言ってくれたのであった。(笑)
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レイブリック加藤ブログ



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