伊達公子選手が13年ぶりにウィンブルドン選手権に出場した。あれから13年経ったんだなあと、当時のことが甦ってくる。
1996年、そう、レイブリック開業の年である。貸店舗を契約し、7月1日に鍵をもらって9月のオープンに向けて準備をする計画だった。その直前の6月末にランドローバーの故郷である英国にいわゆる視察旅行に出かけた。ソリハルのランドローバー本社、バーミンガム郊外のランドローバー専門店、ヘリテイジ自動車博物館などを訪れ、イギリス南部をレンタカーで走り回った。
帰国の前日の夕方、少しだけランドローバーから離れ、ちょうど開催中だったウィンブルドンに足を運んだ。といっても、時間的におそらく試合が観られるわけではなく、会場周辺の雰囲気だけでも味わおうと思ったのだ。
案の定、周辺に着くと大勢の観客が会場から溢れ出てくる真っ最中だった。ここまで来るとさすがにせめて一試合でも観たかったという悔しさが込みあげてきた。
会場のセキュリティは厳重で、いくら試合が終わっているとはいえ、チケットを持っていない者は入れてくれない。どささに紛れて逆流できないものかと出入り口をうかがってみたがやはりスキはない。せめてパンフレットだけでも購入できないかと思ったが柵の外には売店はない。檻のなかの動物のように柵にはりつき中の様子をうかがうと、確かにそこには売店がありパンフレットが売られていた。
私は会場内を出口に向って歩いている二人組みの東洋人女性を見つけた。「イクスキューズミー!」。目が合った。すかさず「すいません!」と言語を変更。「はい?」と同じ言語。これが「Hi」なら適当な英単語を並べる心の準備をしていたが、やはり「はい」に聞こえた。私は売店を指さして「パンフレットを買ってきてほしいのですが、お願いできますか?」と言って数枚の紙幣を差し出した。「あ、いいですよ!」と日本語で快い返事。しかし、このままお金を持ち逃げされても柵の外だから諦めるしかない・・・。
まあ、そんなことで無事に公式パンプレットをゲット!

私が日本に帰ってきても伊達選手はウィンブルドンでゲームを続けていた。そう、勝ち進んでいたのだ。準々決勝で、当時(確か)世界ランク1位のシュティフィ・グラフ選手に勝てそうなところまで追い詰めた。試合は途中で日没サスペンデットとなり、翌日に行われた最終セットを獲られて敗退してしまった。
そしてその年を最後に伊達選手は引退したのだった。

あれから13年、伊達選手がウィンブルドンで活躍してから13年、そして重ねてきたレイブリックの歴史でもある。13年ぶりに出場した伊達選手は残念ながら初戦で敗退してしまったが、再びチャレンジされていることがなんだかとても嬉しい。