今日は定休日なので、たっぷりと音楽の話をしよう。
3月12日のブログで、少しだけ大学時代のアルバイトに触れた。今日はそんな昔話を。

学校内で「誰が行く?何人?」なんて人を集めている友人連中がいた。何の話かと聞けばアルバイトだと。詳しく聞くと、コンサートの会場作りの仕事だった。

アルバイトの内容は、名古屋市国際展示場で行われるライブの椅子並べだった。私は、それが誰のライブかが気になった。高校時代に、私は国際展示場のライブを経験している。QUEENのライブだった。国際展示場で行われるライブなら、収容人数からして絶対に大物に違いない。そして、ライブの主役は、吉川晃司さんだった。たまたま耳にした「INNOCENT SKY」という曲に惹かれ、一枚だけだがアルバムを買った。
仲間はバイト料のことしか興味がないようだが、私は吉川晃司さんのライブに興味があった。そして、そのバイトに参加した。これが、私のライブバイトの始まりである。

当日は確か朝8時に現地集合だった。会場内はコンクリート床のガランドウである。私たちの雇い主はライブ会場の設営の元受会社。これだけ大きい会場になると、ステージの組み立てはプロのトビさんが行う。我々素人は近寄るべからずという雰囲気。遠巻きに見ていると、社長と思われる人がやってきた。そして、これから始まる大戦争の打ち合わせが始まった。このガランドウをパイプ椅子で敷き詰めるのだ。スタッフはたったの10人ほどだったと思う。そして、4トントラックがホール内に突入してきた。折りたたみのパイプ椅子が満載されている。まず、それを降ろす。そして、そんなトラックが何台も待機していた。気が遠くなった。監督さんの指示どおり、決められた間隔で列と行が形成されていく。地道な作業だが、サボったところで何も解決しない。そのために、体力に自信のある我々男子学生が召集されているのだ。
ひたすら、ただひたすら、椅子を並べた。もちろん、その間に周辺で行われている様々な作業にはとても興味があり、手を休めない程度に注意を傾けていた。まず、ステージが組みあがった。音響、照明などの設備の設営が終わり、楽器などの機材が入る。更にそれらの総合的な試験が行われる。
それ以外にも、雑用をしているスタッフやアルバイトが大勢いた。外からの光が入らないように、周囲の全ての窓に暗幕をくくりつけているチーム。会場の外で、誘導看板などを設置するチーム。更には、我々が並べてきた椅子に「Aブロック-28番」などと席番号が書かれた紙をセロテープで貼り付けてくるチーム。さすがにそれらは女性が担当していた。
総勢何人の手によってこのライブは行われるのだろう?と素朴な疑問を抱いた。そして、それが同い年の一人のアーティストのために行われていることだと考えたら、それは凄いことだと思った。これだけの人を動かす力がある人物なのである。
椅子を並べきるのに何時間掛かったかの記憶はない。現金でアルバイト料を貰って家に帰って横になったが、全然気が休まらなかった。それは、今度は今日並べた椅子の撤去作業が控えているからである。今日の逆の作業。それでも、実際は折り返し地点よりもまだずいぶん手前にいるような気がした。トラックに積み込むほうがきっと大変だろうし、大体、撤去作業はライブ終演後から深夜にかけて行うのだ。
しかし、唯一の楽しみは、ライブを陰から観られることだった。「お前ら、吉川晃司なんて観たくないだろう?」、決め付けたように言う社長に、観られるものなら観たいと申し出た。すると、それなら開演直後に来い!と。

ライブ当日、社長の指示どおり、ライブが始まるころを見計らって通用門からまず事務所へ入った。そこで、ライブスタッフの印である腕章を渡された。「いいか、お前は設備の監視をしている係員だからな!間違っても手拍子なんかするんじゃないぞ!」と、釘をさされた。会場の最後尾、ステージから一番遠い場所が指定された監視位置だった。新米アルバイトの私が何を監視できるわけでもなかった。口の悪い社長だが、これは純粋にご褒美だと受け止め、感謝した。

これが私が始めてライブ会場設営に携わったアルバイトの経験談である。
徐々に椅子並べ以外の仕事もさせてもらえるようになり、音楽好きの私には絶好のアルバイトだった。以降、ほとんどんの設営の仕事は愛知県体育館だった。名古屋にまだナゴヤドームも、日本ガイシホールもない頃だった。有名アーティストの名古屋公演のいくつかは愛知県体育館で行われた。浜田省吾さんのJ-BOYツアーに感動し、バイトの帰りにレンタルレコード店に飛び込んだ。当時ではほとんど見る機会がなかったであろう、矢沢永吉さんのリーゼント以外の髪型も見ることができた。リハーサルではナチュラルなヘアスタイルだったのだ。CCB(いたでしょ?)の茶髪のドラムの人とトイレで並んで用をたしたこともあった。「ナタリー」の、フリオ・イグレシアスさんのライブでは男子便所をも占領してしまう観客のオバサマPOWERを目の当たりにした。
また、こんなこともあった。「おい、加藤、大学生なんだから周りに女の子居るだろう?何人か連れてきてくれないか?」。私の大学は工学系だったので、周りに女の子はいない。しかし、楽屋のお世話係として必要なのだと。少ない女性人脈をたどってアルバイトだと誘った。タレントさんに興味がある子ならバイト料の話をする前にふたつ返事だった。結局、サポートバンドの楽屋を担当させられ、目当てのアーティストに会えなかったと愚痴を言われたこともあったが、私のせいではない。笑
もちろん、音楽興行ばかりではなかった。大相撲名古屋場所やプロレス、世界体操、「ニッポン、チャチャチャ」のバレーボールなども年中行事だった。

私は、大学を留年し、5年間も在籍した。おかげでこんなに楽しいアルバイトが余分に一年も続けられた。早朝から深夜まで、不規則不定期のアルバイトだったが、参加できる時は積極的にシフトに組み込んでもらった。おかげで付き合っていた彼女にはそっぽを向かれた。汗


こんな愛知県体育館生活で最も感動したのは、やはり浜田省吾さん。それまで、ほとんど聴いたことがなかった。友達に勧められてアルバムを借りたこともあったが、どうにもピンと来なかった。その日、いつものように浜田省吾さんのライブを陰から観始めたのだが、やはり知っている曲は全く無かった。それでも、途中からライブに吸い込まれた。終盤では完全に釘付けにされていた。完全に参った!浜田省吾さんのライブにはそんな力があるのだ。
そのライブでは印象に残る2曲があった。アルバム「J-BOY」でも、この2曲はつながっていることで意味を成している。
今夜は、浜田省吾さんで、「I MISS YOU」そして、「SWEET LITTLE DARLIN'」。