BlogPaintここは、自宅近く、愛知県日進市内を東西に走る幹線道路、国道153号線。通称、飯田街道。ここ数ヶ月、周辺の何箇所かの交差点を同時に工事していた。最近、その工事が終わったようで、工事内容の全貌が明らかになった。とても大きな分離帯に囲まれた右折専用レーンを造っていたのだ。
153号線を走りながら、なぜこんなにも大きな右折レーンが必要なのかと考えた。やがて、自分に右折の機会がおとずれたとき、その意味が分かった。
私は右折レーンの先頭で赤信号が青に変わるのを待った。信号が青に変わり、少し前に出た。自分の右側を直線の対向車が走り抜けてゆく。ふと気づいた。普段なら鉢合わせになっているはずの対向の右折車両がいないのだ。見れば、自分よりもかなり左側にいる。
この巨大な右折レーンは右折同士の対向車をオフセットする構造なのだ。これにより、直進してくる対向車の動きがとてもよくわかる。クルマが途切れたことが確実に確認でき、安全に右折に進むことができる。

ここは、片側2車線でとても走りやすい道路。制限速度は60km/hだが、自然とそれ以上の高速で流れているのが現状。もし、対向車と直進車が互いの確認が遅れた場合には大事故につながる。過去にはおそらく、そんな事故も起きていたに違いない。
この、オフセット右折レーンはそんな事故をかなり高い確率で防げるはず。とても安全な交差点の構造だ。



今日も昨日に引き続き、長渕剛さんについて。
私の独断で長渕剛さんの音楽史をアルバムリリース順に三等分するとこのようになる。

初期・・・「風は南から」〜「乾杯」
中期・・・「Byebye」〜「LICENSE」
後期・・・「昭和」〜 現在

初めてライブに行ったのは初期の頃、名古屋市民会館大ホールだった。開演の時間になり、照明が落ちると、生ギターの音が聴こえてきた。「風は南から」のイントロだ。そして静かに緞帳が上がり始めた。その音色は既に弾き語りの始まりだったのだ。そして驚くことに、大ホールの広いステージの真ん中には長渕剛さんただ独り。当然のようにサポートメンバー付きの構成を想像していただけに、これには流石に驚いた。私が知らなかっただけで、これが長渕剛さんのライブのスタイルだったのだ。ギター一本だけで、数千人のファンを数時間も魅了し続けるそのパワーに感動した。
中期に入り、「Byebye」からはエレキギターを持つようになった。ただし、彼のアルバム収録は「スタジオライブ」形式だったそうだ。楽器別に録音を重ねていく通常のアルバム作りではなく、ライブのように、全員がイッセーノセ!で演奏して録音するというダイレクトな方法。そんな様子はアルバムを聴くだけで伝わってきた。そして、私は、そんな長渕剛さんの真っ向勝負の姿勢から生まれる音楽が好きだった。ただ、アコースティック色が徐々に薄れるにつれ、次第に私も聴かなくなった。曲調も彼の持つ雰囲気も明らかに変わっていった。
中期の終盤の時期にあたるその頃、(先週の水曜日に記事にした)コンサート会場設営のアルバイトで彼のライブを観た。おそらく、「STAY DREAM」というアルバムをリリースしたときのツアーだったと思う。愛知県体育館で行われたライブのステージを作るとき、その図面を見て驚いた。土俵のように、中心に円状のステージが置かれているのだ。正面も背後もない、全くのド真ん中にそれほど大きくないステージが作られたのだ。サポートバンドもなし、曲によっては、ただひとりだけピアノのサポートがついた。
やはり、彼はこのシンプルなスタイルがよく似合うと思った。
これが、私が観た最後の長渕剛さん。以後、「とんぼ」のリリースあたりから後期に突入し、その頃から私はすっかり聴かなくなった。逆に新たなファンをしっかり掴み始めた頃でもある。

このまま今日の曲へ。初期の頃に「待ち合わせの交差点」という曲があった。初々しい恋人同士が交差点で待ち合わせるというポップな曲。その交差点と関連があるかどうかは分からないが、中期には二人が分かれる意味で歌われた「交差点」という曲がある。人生には、交差点や分かれ道が幾度も訪れるもの。そんなシーンはアーティストによって素敵な唄になって我々の心を打つ。
今夜は、長渕剛さんで「交差点」。