昨日に続き、ローバーの話を。

今日は、ローバー・グループの中の、いよいよ本題「ROVER CARS(ローバー・カーズ)」について。
私が、ローバーディーラーに就いた1995年当時のローバー・カーズのラインアップは、アッパークラスから、800シリーズ、600シリーズ、400シリーズ、200シリーズ、100シリーズ。高級サルーンから小型大衆車までの一般的な乗用車のラインアップである。ホンダと技術提携していた関係で、ほとんどの車種にホンダ製エンジンが搭載されていた。イギリス色を強く望むファンには寂しい部分でもあったが、信頼性に期待する日本でのファンには自然に受け入れられている感もあった。実際、1994年から1995年にかけてフェアプレー政策と名づけられた円高還元の値下げ施策も成功して爆発的に売れ、当時、国内では輸入車登録台数トップのフォルクスワーゲン・アウディグループを脅かすほどにもなっていた。
当時の800シリーズはレジェンド、600シリーズはアスコット・イノーバ(アコード)、400シリーズはコンチェルト、200シリーズはシビックと、ホンダ車と共通のコンポーネントから設計されたいた。しかし、特にインテリアではレザーシートやウッドパーツを使ってうまくイギリス色が演出されており、ホンダ車と共通部分があることを感じさせなかった。それも人気の秘訣だったと私は思う。
当時、私の一番のお気に入りは200シリーズの2ドアクーペにターボチャージャー付きエンジンが搭載された220COUPEだった。220COUPEにはホンダエンジンは搭載されておらず、ローバー製Kシリーズ2リッター4気筒エンジンだった。英国車らしいウッドパネルが配されたダッシュボードを持つクーペが、シフトアップ時にもホイールスピンさせるほどのパワーがあり、そのアンバランスさが妙に魅力的だった。あと、個人的にはホンダは好きなブランドだが、何故だか、ローバーエンジンが載ったローバー車のほうが気になった。
そんな風にローバー・カーズに触れながら、徐々に英国サルーンにも惹かれるようになった。

ROVER 75 AUTOCRAFTレイブリックをスタートさせ、徐々にローバー・カーズから遠ざかった1999年にローバー・75がデビューした。既にホンダとの提携が切れ、BMWの資本下になっていたローバー・グループだったのだが、ダイレクトにBMWエンジンが搭載されることはなかった。
ローバー・75に採用されたのは、フリーランダーと同じKV6というシリーズのエンジンだった。それまでのホンダ色がうまく抜け、スタイルは内外装ともにとてもイギリス車らしくなった。(イギリス車に「らしい」という表現も変だが・・)
そして、私はこの75のスタイルはとても気に入った。ただ、その要因は忘れたが、このクルマは発売直後から近い将来日本から撤退してしまうというような危機感と背中合わせだった。


レイブリックはランドローバーのみを取り扱ってきたので、その後のローバー・カーズなどランドローバー以外のローバー・グループ各車の動向についてはただ客観的に見ているだけだった。しかし、オートクラフトではその間も当時のローバー・グループ車全てを受け入れており(開業当初からMINIだけは取り扱いが少なかったが)、現在もローバー・カーズやMGを維持されている多くのユーザーさんとお付き合いがある。実際、今日現在でも、オートクラフトのサービス工場には10数台のランドローバーに混じって、6台のMGと2台のローバー・カーズが入庫している。
そして、私自身再びこれらのクルマに対する興味も深まってきたわけで、入庫していただいたお客さまのローバー・75などを眺めながらウットリしているわけである。

何年か前にMGとローバー・カーズがひとまとめにされて中国の上海汽船に買い取られた旨のニュースは耳にしたが、その後どうなったのかな。いずれにしても、既に生産されていない車種。かろうじてパーツの供給があるのは幸いである。
ローバー・75、このクルマも私の中では既に「一度乗ってみたい一台」にリストアップされている。


高性能スポーツカーにしか興味がなかった人間が、1995年の出会いによってその人生観が大きく変わったという話でした。


長くなったついでに、今夜は曲も紹介しよう。
ROVERの記事と歌詞の内容とは全くリンクしないが、歌いだしのワンフレーズだけで今日の曲に抜擢された。1995年に私がローバー・グループの様々なクルマに出会ったという経験は、今思えば、一秒で人生を変えてしまった火花のようなものである。
今夜は浜田省吾さんで「BREATHLESS LOVE」。