「父さんの会社ってさあ、なんであんなに人が来るの?」

昨日、今年中学にあがった息子から突然こんな質問がきた。
この場合の会社とはレイブリックのことである。そして「人」とはもちろんお客さまのことである。

息子がレイブリックの店頭に居て、多くのお客さまがご来店していただける様子を長時間観察していたことはない。昨年から運営している東京のオートクラフトのことは今ここでは横に置いておいて、息子たちが成長過程でずっと見てきたものはレイブリックを営む父親の姿である。そして、家族が今こうして生活できている事実は、サービス業としてレイブリックが存続し続けていることの証である。
息子は、その実態を感じているからこそ「レイブリックに人が来る=お店が成り立っている」と表現したのだと思う。

核心に触れるほどの質問に不意をつかれ、「なんで?」と聞き返してしまった。
「なんで、そんなこと聞くんだ?」「なんでお客さまが来てくれるんだろうね?!」
「なんで」の意味はその両方だと思う。

「だって、父さんの会社はあんなにオンボロだし、売ってるクルマだってただ外に置いてあるだけだし」
ググっ・・・、痛いところを突いてくる。遠慮もなにもない。父親ゆえに感じたことを言えるのだろう。
息子がイメージする「クルマ屋さん」は、ガラス張りのショールームのカーディーラーなのだ.。明るいショールームにピカピカのクルマが展示してあって、いくつものテーブルや応接セットや観葉植物や制服姿のおねえさんや、そういった全てのパッケージがひとつの形となって彼の頭の中で「クルマ屋さん」が出来上がっているようだ。
レイブリックにはその幾つもの要素が欠けているのに、どうして商売が続いているのだろう?
これが彼の「なんであんなに人がくるのか」という疑問なのである。

父親の回答を待たずに、独り言のように答えをさぐる。
「本とかの広告?チラシとか?インターネットで見つかるの?ブログかな?」

息子の疑問は、瞬間瞬間の我々の課題そのものである。どうしたらお客さまの目に留まり、そして認めてもらい、支持されるようになるのか。私は息子にこう答えた。

レイブリックを始めた頃はまだ誰もレイブリックのことを知らなかった。それにインターネットもなかった。だから雑誌広告が唯一といってよいほどの宣伝だった。しかし、今は違う。10年が過ぎ、今年で15年目、こうやってお店が長く続いてくると、今までのお客さまがまた次のクルマを買ってくれたり、新しいお客さまを紹介してくれたりする。「おお、口コミってやつか!」と息子が口を挟む。その通りである。
実際のところ、ランドローバーからランドローバーへの代替、あるいは一度ランドローバーを離れた方が数年後に戻ってきてくださったりすることが年々増えている。お客さまや友人が知人を紹介してくれたり、まだお会いしたこともない方が巷の評判からレイブリックを推してくれたりすることもある。

息子のいう「人が来る」理由は、なんとか納得してもらえたかな。しかし、店舗ショールームのカタチに違和感を持っていたという事実を真摯に受け止める必要はあるかもしれない。
私の中では、レイブリックが新車ディーラーの物真似である必要は全くないと思っている。むしろ違うカタチで「スペシャル・ショップ」を演出したい。ただ、その理想のカタチはぼやけていて、未だに決定付けられていない。
現在の店舗は、15年前の1996年にとりあえず作られた、最低コスト最短期間でお店を始めるための簡単パックである。賃貸倉庫にリフトと事務所を設けて、最低限のビジネスがスタートできるというスタイルだ。繰り返されてきた店内の改装も、設備の充実も、やはり全てが簡単パックの延長線上なのである。


話はそれるが、3日ほど前に知人で会社経営者の方からこんな話をされた。
「加藤さん、企業の寿命ってどれぐらいか知っていますか?」と。恥ずかしながら私は答えられなかった。そんな質問をされるってことは、驚くほど短いか、逆に驚くほど長いかのどちらかだと思った。しかし、冷静に考えれば、驚くほど長い寿命の企業なんて数えるほどしかない。つまり、短いということを言いたいのだ。
その方曰く、起業して10年以内に解散あるいは倒産する企業は80%。それは波に乗る前に手段が尽きてしまったり、そもそも夢を見ていたケースが大半。
その初期段階を乗り越えて無事に10年以上継続したとして、では30年以内に終息してしまう企業は?実に99.98%だとのこと。その方の会社は今年で起業10年を迎えられたそうだ。だから、きっとこんな話をされたのだと思う。
そしてレイブリックは今年で15年。ちょうど折り返し地点であり、これからは指をくわえていればただのカウントダウン時期に突入するということになる。
そのようなデータが頭に入っていたわけでなかったが、私は2004年ごろからそんな気配を肌で感じていた。そして起こした計画が二号店の出店だった。
レイブリックと同じく現会長の大橋が起業して15年が経過したオートクラフトを昨年引き継ぐ決意をしたのは一種の起爆剤であり、指をくわえてあと何年かが過ぎてしまうことの恐怖から逃れるためのひとつの方法でもあったわけである。
15年後、私は61歳。企業存続の確率は僅か0.02%。既にダメモトの15年になりそうなあらすじである。しかし、自社こそがその0.02%に滑り込んでみせると思ってしまうのが経営者の性。あるいはこの起爆剤を新たな30年のスタートのきっかけにするのは自分次第。

15年後、二人の息子は20代後半。順当ならとっくに社会人になっているはず。その時、彼らには父親の背中はどう写っているのか、とても楽しみである。