(昨日からの続き)

食事は精進料理。麦混の飯、そこらの葉っぱを千切ってきたような和え物と、出汁など全く効いていない味噌汁。あとは数切れの沢庵漬け。おおかたの食事が済むと、僧侶がやかんを持ってお茶を汲んで回る。それは必ずもらわなければならない。茶碗にお茶を注いでもらい、沢庵を使って茶碗についたご飯を洗い落とした上で飲むのだ。味噌汁の椀もそう。微妙な味のお茶になってしまうわけだが、それを飲み干して食器を奇麗にして食事を終えるのだ。
板の間の縁側で正座をしていただくので、足首がそれはそれは痛い・・・。そして全員が茶碗を洗い終わり、全員が食事を終えるまで待たなければならない。正座が苦にならない奴は呑気にお代わりなどをしている。お茶をもらうかと思ったら、もう一杯メシかよ!と心で叫ぶ。食事中の私語はNGなので、周囲が目で「いいから早く食え!」と合図を送るのだが、空気が読めない奴は平然と二杯目三杯目の飯を食い、沢庵で丁寧に茶碗を洗っている。そういう奴はその後の社会生活で苦労をすることが目に見えているようで痛々しく感じたものだ・・・。

風呂は、どうだろう10人ほどが一度に入れるぐらい大きな風呂桶だった。ただお湯はぬるく、少ない。そこで、大勢でひしめき合うようにおそらく20人ぐらいが同時に入り、水位を肩ぐらいまで上げて寒さを凌ぐ。触れたくも無い男同士の尻や背中だがこの際仕方が無い。お湯もぬるいのでおしくら饅頭状態だ。それはそれは異様な光景で、実際にも異様な感触で、「気持ち悪〜い」と叫び出す。すると壁の向こうで薪をくべている僧侶から「うるさーい!静かに入れー!」と怒鳴られる・・。
こんな風呂が嫌で、二日目から入らなくなった者も大勢いた。

布団はお約束の煎餅布団。シトシトと春の雨が続いて気温も上がらず、布団は湿っぽく冷たい。それでも、座禅と作務でボロボロになった体にとって一番の安らぎだった。

そんな生活、たった数日だが、それでも永遠に感じるほど長く辛い修行の最終日の朝になって初めて晴れた。私たちの出所(?)を歓迎するかのような久しぶりに見る太陽と青空。日差しも暖かい。そこで僧侶から朝の作務の指令が出た。自分たちが使った布団を、境内の石畳や砂利敷きの上に並べて干すようにと。我々は境内を布団で敷き詰めた。そして数分後、恐ろしい光景を目の当たりにした。敷き詰めた布団の上で、無数の黒く小さなゴマ粒のような物体が飛び跳ねている。土砂降りの雨粒が地面で跳ね返って雫が舞っているように、数十センチの高さまで何かが跳ね上がっている。見たくもなかったし信じたくもないが、きっとそれは蚤だった・・・。天日干しされて布団の中から燻し出されてきたのだろう。何千、何万の蚤が飛び跳ねる光景、どこかの番組の珍百景の登録間違いなし!といったところだ。
そんな珍光景を眺めながら最後の昼食、そこで初めて純米の飯が出てきた。僅かだがわかめも入っており、ほのかな塩味が嬉しかったことを覚えている。

こんなにも過酷な研修だけに、何人かは脱落する。まさに「振るい掛け」である。仮病と疑わしい症状で病院へ出かける者もいた。入社したての会社から完全に逃げてしまう者もいた。
研修が終わり、バスで本社へ帰り着いた後に解散となり、まっさきに喫茶店に入った。そしてアイスコーヒーを注文し、シロップをたっぷり入れてその甘さを深く味わった。糖分がキューっと血管に吸い込まれていくような、そんな幸福感だった。
それから何年か後にはこの研修は無くなったと聞いている。こんな研修の噂が広まるだけで新入社員が集まらない、そんな時代に突入したのだろう。

とにもかくにも、過ぎてしまえば価値のある研修だったことは十分に理解できた。もう一度やってみようとはなかなか思えないが・・。