痛めていた背中は順調に回復し、昨日は時々その自覚がなくなってしまうほどまで痛みは感じなくなっていた。それが油断だった。
昨日は東京のオートクラフトに出社していたのだが、夕方、本棚の高い段にファイルを収めようと手を背筋を伸ばしたとたん、パキンッ!と音を立てるかのように激痛が走った。うずくまることもできず、立ったままの姿勢を変えないようにその痛みに耐え、落ち着くのを待った。かなりまずい状態だ・・・。ホテルに帰って休もうかと思ったが、一度寝てしまったら自力で起きたり移動したりができなくなる可能性があると思い、急遽名古屋へ帰ることにした。
長谷川工場長にクルマを運転してもらい、一旦ホテルへ戻って荷物をまとめ、チェックアウトをして品川駅まで送ってもらった。傘を杖がわりにしながらコンコースをゆっくり歩いた。少しでもバランスを崩し、足腰に負担が掛かるとそれは背中の筋肉に伝わり、激痛に変わる・・・。なのでゆっくりゆっくり。
新幹線に乗り、席に座ったところで第一関門をクリア。ワゴン販売で弁当を買って食べ、本を読んだ。一見落ち着いた時間に思えるのだが、私はその後の第二関門に向けて緊張していた。それは新幹線から下りる時だ。名古屋駅に到着してから席を立ったのでは、もしかして痛みのあまり順調に歩けなかった場合にはホームまでたどり着けないかもしれない。かといって、余裕を持ってまだ走行中にデッキまで進んで行こうにも、その振動に耐えられるか自信がなかった。それでも、降り遅れて名古屋を通過してしまうのはどうしても避けたい。たとえうずくまって歩けなくなったとしても、名古屋駅のホームにさえ降りてしまえばまた次の方法を考えればよい。私はひとつ手前の三河安城駅を通過したことを確認した時点でゆっくりと席を立った。最悪は近くの人に車掌さんを呼んでもらって助けを頼もうとも考えながら。
片手に杖がわりの傘とバッグ、もう片手で順番に座席の背を掴みながら慎重にデッキまで歩いた。もうここまでくれば降りられないことはないだろう。倒れるようにしてでも名古屋に降りることはできる。ただ、できることなら自分の足でホームに降り、そして自宅までたどり着きたい。
名古屋駅が近づいてきた。デッキで到着を待つ間、左右どちらの扉が開くのかを考えた。考えたというかヤマカンである。私は左側の扉の前で壁に寄りかかりながらその時を待った。やがて列車は減速し、到着を知らせるアナウンスが流れた。「お出口は右側です」・・・。最悪だ。揺れている列車の中でのこの数歩がとてつもなく長い。反対側の扉が遠い。私は右側に移動しようと思い、壁に預けていた体重を傘に移した。と、その瞬間、傘の柄がボキッっと折れてしまったのだ。支えをなくした体には条件反射で力が入り、それは全身の筋肉を硬直させて背中に激痛となって伝わった。まったくついていない。加藤ブログ
冷や汗をかきながらなんとか右側の扉の前に移動し、列車の停車を待った。私は車窓からホームの様子を観察した。杖を失った今、降りたあとにはどこか手すりに捕まらないといけない。とりあえずはホームとの間の防護柵がある。しかし、発車の際には「柵から離れて」と必ず注意される。数分で次の場所に移動しなければならない。

そんな感じで一歩づつ一歩づつ綱渡りをするかのように先に進み、時々襲われる激痛に耐えながらなんとか自宅にたどり着き、ベッドに横になったが最後、朝まで寝返りすらできなかった。

いやあ、参ったなあ!今日は仕事を休み、いつも腰痛時にお世話になっている整形外科の先生(レイブリックのお客さまでもある)を訪ね、診察を受けて飲み薬を処方してもらった。レントゲンでも特に異常はなさそうなので、きっと数日安静にしていれば回復するだろうと。先生にそう言っていただけるだけでずい分と安心でききる。今度は油断しないよう、安静にしてしっかり治そう。