マレーシア航空の旅客機が墜落した。
今日は、過去に私の近くで起きた「航空機墜落」に関する出来事を。

1983年の夏、私が大学に進学して初めての夏休みのこと。私は、大学の企画で、自校の姉妹校であったアメリカの大学への語学研修旅行へ出かけた。6週間の日程だったが、その出来事は私が日本へ帰る数日前に起きた。大韓航空機がソ連の領空に侵入し、戦闘機に爆撃されたのだ。
数日後、私は、アンカレッジ経緯で韓国の金浦空港へ向かうという、それと同じ航路で帰路についた。トランジットで寄ったアンカレジを深夜に飛び立った。立て続けに同じような参事が起こるとはとても思えないが、それでももしかして再びこの飛行機も航路を誤り、ミグ機がスクランブル発進して・・・。そんなことを考えずにはいられず、ほとんど眠れないまま夜が白み始めた。
時間的にはおそらくそろそろ日本海上空。その時に窓の外を見ると、遠く雲海の彼方に富士の頂が見えた。かなり日本の本州付近を飛んでいるのだなあと、そう思い、安心できたことでようやく数時間だが熟睡できた。

機内のパンプレットによれば、当時の大韓航空機は9機のボーイング747機を所有していた。そのうちの何機が金浦〜アンカレッジを就航していたかは分からないが、少なくとも私は8/9の確率で生き残ったことになる。私の知らないところで1/9のロシアンルーレットが仕掛けられていたと思うと、悔しいやら虚しいやら、なんとも言えない憤りのようなものを感じずにはいられなかった。
笑い話だが、夏休みが終わって再び学友と会ったときには、「あれ?生きてた?」と何人からも言われた。てっきりあの飛行機に乗っていたかと思っていた、と。生きているよ!こうして。