第三章 憂愁より)

年が明けて2003年、その1月も半ばに差し掛かった頃、電話を取ると中野さんからだった。「加藤さん、先日は大変失礼しました。せっかく車検の案内をしてもらったのに、きっと加藤さんにはとても不愉快な思いをさせてしまいました。申し訳なかった」と。もちろん、そんなことは滅相も無いことで、以前の中野さんに近い元気な声を聞いて私はとても安心した。中野さんは続けた。「失礼な態度をとっておいてこんなことをお願いするのもなんだが、改めて車検をお願いしたいので、今一度検討してもらえないだろうか」と。きっと安堵からくるものだろうが、思わず涙が溢れた。
翌日、私はレンジローバーを引き取りに中野さんのご自宅を訪ねた。玄関を開けると奥さまが出てこられた。「加藤さんが来てくださったわよ!」 そう呼ばれてゆっくりと出てこられた中野さんは、それまでの恰幅の良い頬やお腹は見る影も無く、すっかり痩せ細り、思わしくない体調を物語っていた。
「この前は本当に申し訳なかった。改めてよろしくお願いします。体調を崩してしばらく乗っていなかったらバッテリーも上がっているし、しっかり見ておいてください。」 そう言って丁寧に頭を下げられた。
強い薬のせいで気持ちが落ち着かないときがあるようで、車検の件で私が電話を掛けたときにはそれがとても悪いタイミングだったとも説明してくれた。
中野さんのご様子を見る限り、「体調を崩していた」のが過去のことであるならそれはとても重いもので、まだ完全に回復されていないようだった。あるいは現在も患っているのだとしたら、もしかしたらとても深刻なのかもしれない、そう感じずにはいられなかった。いずれにしても、どうかそれが一過性のものであってほしいと願うばかりで、私は中野さんの体調を気遣うための適当な言葉を見つけられず、かろうじて「お大事にしてください」としか言えなかった。あとはぎこちなくできるだけ自然に振舞うようにしてレンジローバーをお預かりした。

何日かあと、車検を終えたレンジローバーお届けした。中野さんは玄関先にまでは出てこられたが、ガレージのレンジローバーの様子を見に出てこられることはなかった。それまでの中野さんとは明らかに違っていたが、やはりとてもお疲れの様子だった。いつもなら整備の内容を詳しく説明するのだが、今回に限ってはその必要はないように感じ、ただ鍵をお渡しするだけだった。「わざわざ取りにもきてもらって、面倒をかけて申し訳なかった。いろいろありがとうございました。」 静かな口調でそう仰ってすぐに床に戻られたのだった。

続く

レンジローバーbonatti