第六章 誓いより)

1997年、最初にナイアガラ・グレーの2ndレンジローバーが中古車としてレイブリックに入庫してきた時の走行距離はおよそ4,000kmだった。中野さんに乗っていただけることになり、2003年まででおおよそ6年が過ぎた。レイブリックに戻ってきた時の走行距離は約110,000km。当時としてはまだ10万キロ以上走行した2ndレンジローバーは珍しかった。そうか、中野さんの通勤距離はまあまああったもんな!そう考えて、実際にどれぐらいの距離か計算してみた。
中野さんのご自宅から会社までは片道およそ35km。往復で70km。年間250日出社されるとすると1年で17,500km。おや?6年なら105,000km!おやおや?!中野さんが乗り始めた時は4,000kmだったので現在の距離とピッタリ合う。電卓の数字を見ながら鳥肌が立った。
とすると、お休みの日にはほとんどレンジローバーに乗ることはなかったわけだ。あれほどまでにレンジローバーを愛された中野さんが、休みの日にレンジローバーを連れ出してどこかに出かけることをしなかったことが驚きである。会社の創業役員として勤め上げ、生涯を捧げた中野さんに改めて尊敬の念が湧き上がってきた。社業に邁進する中、それでも朝夕のレンジローバー通勤が中野さんにとっては至福の時間だったのだろう。おそらく一時間弱の通勤時間だが、レンジローバーを走らせることを最大の歓びだと感じられていたとするなら全てに合点がいく。運転席に座ってステアリングホイールを握り、アクセルペダルを踏む。車体から伝わってくる音や振動や揺れを感じ、それらは絶えず心地よいものでなくてはならない。つまり、エンジンやサスペンションのコンディションは最高の状態を保つ必要があるのだ。そして、中野さんの視界に写るのはボンネット越しの風景であって、車体側面やバンパーの傷などは取るに足らない問題なのである。改めて中野さんの2ndレンジローバーの助手席やリヤシートを確かめてみた。使用感が全く感じられない。中野さんはレンジローバーを通勤だけに使い、そのひとりだけの時間を存分に楽しんでおられたのだ。
そんな中野さんの生涯の一端に自分が仕えられたことに感謝をした。
ひとりのメカニックとして。

続く

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