BONATTI 第七章 メカニックとして より)

ナイアガラ・グレーの2ndレンジローバーを、同じグレーでも微妙に風合いが異なるボナティー・グレーに全塗装をすることになった。塗装工場に作業を依頼し、完成までにおよそ2ヶ月ぐらいかかっただろうか。それはそれは待ち遠しかった。
同時に、前後バンパーとドアミラーもボディー同色に塗ってもらった。ラジエターグリルまで同色になって帰ってきた時は、あれ?ここは頼んでいなかったのに!と思ったが、見慣れてくれば意外に自然で、結局そのまま乗ることにした。
外装はマイナーチェンジ後に準じた仕様に仕上げた。サイドプロテクションモールは2001年モデルで採用されているクロームインサートのタイプを使った。ホワイトウインカーレンズを始め、ヘッドランプやフォグランプも新調した。そして仕上げはハリケーンタイプ18インチアルミホイールに履き替えた。
室内は特に変更を加えなかったが、当時レイブリックのお家芸だったインダッシュ・ナビゲーションシステムを組み込んだ。ビルシュタイン製ショックアブソーバーや、ウルトラ製スパークプラグコードなどのチューンナップ商品は、中野さんに乗っていただいている間に既に換装済。
かくしてレイブリックの看板商品の全てを盛り込んだ2ndレンジローバーが完成した。これがレイブリックのデモカー、ボナティー号である。お店の雑誌取材の依頼を受けた際には真っ先に登場させたものだ。

中野さんのナイアガラ・グレーの2ndレンジローバーはボナティー号として生まれ変わり、既に11年が経っている。その間、レイブリックの宮原メカニックが所有した時期もあった。最近の2年間はオートクラフトの神田店長の手に渡り、関東で活躍してきた。
そんなふうに我々の手となり足となり、そして顔となって今も生き続けている。ブレーキの不調により、現在はオートクラフトのピットの片隅で停滞しているが、近くレイブリックへ回送する予定。そして、もう一度息を吹き込んでやろうと思う。現在の走行距離はおよそ18万キロ。仮に中野さんが走った11万キロを折り返し地点だとしてもゴールはまだ遠い。

続く

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