今日から夏休み。小学生の頃、夏休みの宿題の読書感想文が大の苦手だった。だいたい、読書をしなかった。しかし5年生の時に初めて小説にのめり込んだ。
そのきっかけは母がある本を読み、それを朗読してくれたこと。紙芝居でもない、テレビでもない、目から入る情報ではなく朗読されるその文章からそのストーリーに吸い込まれていったのは初めてのことだったと思う。その本とは、北杜夫さんの「さびしい王様」だった。途中までは朗読してもらったが、読んでもらう時間ができるのを待つよりも話の続きが早く知りたくて後半は自分で読んだ。それが読書を始めるきっかけだった。
「さびしい王様」には続編があった。「さみしい乞食」。それを読んで6年生の夏休みの読書感想文を書いた。それまではまともに読書もしなければ、まともに感想文も書いたことなどなかったが、その年は初めて自力で宿題を仕上げた。物語が興味深かったから宿題という意識もなく、楽しく仕上げられた。

余談だが、中学の時に通った学習塾の先生が、「北杜夫は『楡家の人びと』以外はくだらんから読むな!」と言っていた。確かに「さびしいシリーズ」は童話であると思う、読書に興味がない子供が読んでも楽しかったのだから間違いない。威圧感のある怖い先生だったので私はまともに反論できなかったが、というか、その時まだ「楡家の人びと」を読んでいなかったので先生の言う真意を理解できなかったというのもあるが、それでも私にとっては大切なものを馬鹿にされたようなとても寂しい気持ちになり、そんな持論を平気でぶちまけて子供が抱いている浪漫を壊してしまうことに疑問を覚えたものだった。「さびしいシリーズ」は私にとっては読書に興味を持たせてくれた大切な作品だったし、そう思わせてくれた北杜夫先生は偉大な存在だった。

「さびしい乞食」に話を戻すが、6年生の夏休みに祖母に連れられて一泊で下呂温泉に行った。ご近所の数人のおばあちゃん旅行だった。祖母からしたら退屈そうな孫を連れて行ってやろうという親心だったと思うが、孫の私としては夏休みぐらいしか付き合ってやれないという、これまた子供ながらの気遣いでもあった。・・・生意気を言ってしまえば。だって、おばあちゃん連中に混じって温泉に行ったって、ねえ〜〜〜、って感じでしょう?(笑)
下呂温泉に向かうコトンコトンと走る列車の中で、宿について煎餅を食べながら、そして温泉に入ってコーヒー牛乳を飲みながら「さびしい乞食」を読んだのだった。今思えばなんと優雅な旅だったのだろうか。

さあ、今年の夏休みも有意義に過ごそう!
加藤ブログ