「車」と「クルマ」について、以前、自動車雑誌のコラムで両者の違いについて語られていたことがあった。筆者いわく、「車」は工業製品として、移動や輸送の手段としての自動車。対して「クルマ」とは、オーナーと心が通う乗り物。表現方法は忘れたが、そんなニュアンスだった。なるほど!それ、いただき!以来、私も「車」と「クルマ」を同じように使い分けている。
例えばクラシック・レンジローバーのバハマ号。イグニションキーを回し、キュルキュルとスターターが回るが、それがいつもより長く続く時には「ガンバレガンバレ!」と応援したくなる。やがてブルンとエンジンが掛かれば「ヨシ、よくやった」と褒めてやる。そんなふうに対話をしたくなる。これこそ「クルマ」なのである。

私はクルマが好きでいろんなクルマを好きになってしまう。しかし、そのほとんどは妄想だけで実際に手に入れることはできない。例えば、ここ何年かずっと気になっているクルマがある。お客さまからいただいた「雨の日には車をみがいて」という小説に出てきたボルボ・アマゾン。クラシック・レンジローバーも既に20年以上経っているし、実際に供給終了パーツも多く、客観的には維持するのはどんどん困難になっているクルマだと思う。しかし、幸い私はその業界の中に居るのでクラシック・レンジローバーに憧れている多くの方よりもずいぶんのアドバンテージがあり、だからこそバハマ号も維持できている。
ところがアマゾンとなると、最終モデルでも1970年と、クラシックレンジローバーよりも更に25年以上遡ることになる。維持の難易度は比較にならないだろう。それでもアマゾンへの憧れはじわりじわりと強まるばかり。しかし、焦らず、今はただ運命の出会いを信じて静かに待つことにしている。

とはいえ、アマゾンが絶対的、アマゾンしか見えないというわけでは全くなく、幅広くいろんなクルマに惹かれてしまうのが私の悪い癖・・・。そして、最近、その中の一台に出会ってしまった。
知人の家族がもう乗らなくなり、そのクルマの処分を検討されていることを知った。それは年齢を重ねるごとに私の中で憧れが強まってきたクルマ。老後の私のカーライフではきっと最大のパートナーとなる可能性がある、そうイメージできるからこそだろう。時期的には少し早かったかもしれないが、知人を通じての「運命の出会い」だと感じ、即座に自分が譲り受けたい旨を伝えたのだった。
引き取ってきたばかりのそのクルマは、しばらく乗られていなかったこともあってかなり汚れていたし、ほうぼうが痛んでいた。加藤ブログでこのクルマを紹介するかどうか迷っていたので私の元に届いてから少し時間が経っているのだが、実はその間にボディーの磨きや室内の清掃などを済ませた。そんなふうに手を入れるうちにすっかり愛着が沸いてしまい、まあ、可愛いこと可愛いこと。これは当分、いや、このまま生涯付き合っていけるかもしれない。このクルマが似合う男になりたいと、今は心からそう思う。

それがどんなクルマなのか、興味がある方はコチラからどうぞ。