小学生の私にとって十分に大金であったそのお金の存在だた、私はすっかり記憶から消されていた。それは、もう使ったものだと理解していたから。
ちょうどその頃、それまで乗っていた姉のお下がりの自転車がさすがに小さくなったので、新しい自転車を買ってもらうことになった。子供なりに、「ちょうど”あのお金”があるじゃないか!」と思っていたし、親にそうアピールした記憶もぼんやりとある。金額的もちょうど自転車が買えるぐらいだった。自分の中では自転車の購入資金に充てて、それで無くなったものと理解していた。だから、まさかそれがそのまま定期預金として残っているとは思ってもいなかった。

それはひとまず置いておいて、父の「定期預金満期通知中止のお知らせ」について。
銀行に電話で問い合わせた。通帳も証書も、印鑑もどれだか分からないが、とにかく定期預金の存在だけは確か。そんな状態では本人が必ず窓口に出向く必要があるとのこと。預金額は幾らなのか、当然のことながら電話では教えてくれない。数千円かもしれないし、びっくりするほどの大金かもしれない!いや、びっくりするほどのお金があればきっと父も覚えていると思う(笑)。きっと忘れてしまうほどの残高だろう。それでも、確かめてみなければ!みすみす放棄することもない。足腰がすっかり弱ってしまった父だけに外出するのはとても大変だが、これぞまさに宝探し!車椅子を押し、親子で銀行に出掛けたのであった。昨年の夏のことだった。
結果は予想通り、びっくりするほどの金額ではなかったが、これでちょっとだけ美味しいご馳走でも食べられるかなと思えるほどの小遣いが手元に戻ってきた。
そこでついでに訊ねてみた。まず、これが定期預金であったことから、通常の発想なら普通預金もあるのではないか?!と。父の氏名と生年月日で全支店の口座を検索してもらった。ところがこの定期預金以外には見当たらないと。父は、定期預金よりもむしろ普通預金を作った記憶ならある、とそんな風にも言っていた。しかし、無かった。更に、例の私が拾ったお金を預けた定期預金についても、私の名前でも検索してもらったが見つからなかった。父は、「東海(銀行)じゃなかったか・・・、あとあの辺にどこの銀行があったかなあ・・・。もう分からん・・・」と。当時父が務めていた会社は繁華街にあったので、周辺には銀行はいくつもある。また、合併や統合などでその形を変えており、残された方法はしらみつぶしに当たるしかない。しかも、口座が私の名前なら一日かけてでも順に銀行を回ることもできるが、父名義だとすると車椅子の父を連れては事実上不可能。二人で、「もう諦めるか・・・」と納得したのであった。

またまた長くなってしまったので、続きは明日に。